四国第23番奥之院「泰仙寺」
平成19年9月20日 17:01
四国第19番奥之院「取星寺」を後にして、四国第23番奥之院「泰仙寺」へ向かいます。
まずは下山からです。急な車道を徐行で下ります。
県道276号線の元来た道を少し戻って国道55号線へ合流します。県道24号線を経由、南進します。
阿南市桑野を通過、さらに南進です。ここまで相当な距離を走行していますが、まだまだ序の口。
変わった形の丁字路から、再び国道55号線へ合流します。
まだ阿南市です。美波町まで大きく距離を残します。さらに南進です。正確には南西への進路となります。
道路は右へ左へとカーブを描き、高低差もけっこうあります。歩きとか、自転車だと大変だろうな…。
兎に角、南へ…南へ…。
美波町へ入ってからも、さらに南進を続けます。
時に15時17分。目に付いたコンビニで休憩します。「取星寺」より50分ほどの走行でしょうか?
当面の目的地はすぐ近くなので休憩の必要もないぐらいですが「おやつ」も兼ねて。
このコンビニ、ローソン「日和佐寺前店」となっていますが、厳密に言うと、薬王寺さんまで残り500m~600mほどあるので…到着を喜ぶと、思わぬ距離が残っていて驚きます。
特に「歩き遍路」の方は要注意。気分的にも20分ぐらい違ってきますよ。

時に15時30分。道の駅「日和佐」へ到着です。
駐車場で降車。身なりを整えます。
順序が後先になりますが…納経の印をいただくため、本寺であるところの第23番札所「薬王寺」へ向かいます。
この時、納経所で泰仙寺さんへの往路も聞く予定です。
道の駅より歩いて、薬王寺さんへ。
年始の初詣以来なので、少し懐かしく感じたりします。それを言えば3年からご無沙汰の札所も多く残っているのですが…。

山門で合掌。
境内へ臨みます。
見覚えのある石段を登ります。
お参りは失礼して、納経所へ向かいます。
「奥の院さんでお願いします!」と伝えます。
たいがい常備されていないので、係の方…「朱印のセット」をどこかから出してきておいでになります。
始めは、年配の男性が朱印を押し、納経所で同席の青年に手で合図を送ります。筆は青年からになります。
たまに見る光景ですが、青年に練習をさせているようで…少し萎えます。わたしの納経帳で練習しないでほしいかも。
そうは言っても、本番でも練習しておかないと…交代要員とか後継者の問題もあるのでしょうね。仕上がりは申し分ありませんでした。
ひとしきり後、筆も止まったところで伺います。
「後先になって申し訳ありませんが、奥の院さんへは…どう行けばいいでしょうか?」
年配の男性より説明いただきます。
地図も準備されていて、何10枚か窓際にぶら下げているうちの1枚をちょうだいします。
「トンネルを2つ抜け、3つめの手前にお地蔵さんがあるので…そこを右折、山道に入って…登山口があります。」丁寧にご教示いただきます。
「ローソン近くから日和佐川沿いの県道は?」お尋ねします。
「そのルートもありますが…結局はココ『落合(地図を指しながら)』で同じになります。国道からが分かりやすいでしょう!」とのこと。
なるほど。非常に分かりやすく納得できました。
…奥の院さんへはマイナー路線かと思えば、準備万端されているのですね。
お礼を申し上げて、納経所を後にします。
少し急いで…道の駅へ戻ります。日暮れの雰囲気が見えてきました…少し急いだところが…大して変わりはないのですが。
時に15時53分。道の駅「日和佐」より出発です。
国道55号線を西へ向かって進行します。
ご教示いただいたとおり、トンネルを「1つめ」「2つめ」と数えながら。
「3つめ」の手前で「ココだと思ったところ」で右折します。お地蔵さんも見えます。
そして山道へ。
山道を北進すると、程なく県道36号線に合流します。
ここから、しばしの西進。
登山口を探します。
見つかりません。
どうも行きすぎたか?迷ったようです。

看板が見えるところで右折します。
いえ、泰仙寺さんへの案内ではないのですが…陶芸家さん?きっと人がいて道を聞いたりできるでしょう。
これ的を射て、人影を見つけます。即座に降車、見かけた男性に近づき、地図を片手に道を聞きます。この男性はきっと陶芸家なんだ…。
陶芸家の男性、曰く「あぁ、これ来すぎですよ?」やっぱりね。
「橋の前後に細い道があったでしょう?その細い方の道です。」
了解しました。バックオーライです。
さて。
件の細い道まで戻ってきましたが、登山口が分かりません。
細い道を、小さな案内でも見落とし無いよう…徐行で進みます。これでも、たぶん後続車から怒られることはなさそう…と言うぐらい通行量は少なく。
トロトロ走っていると、畑仕事からの帰りかな?おばさんを見かけます。
はい。急でもないブレーキ。道を聞きます。いよいよ、遍路らしくなってきました。
「泰仙寺さんへは…どう行ったらいいです?」お尋ねします。
「道はこのまま。登り口は共同墓地があるから分かります。」とのこと。
お礼を申し上げ分かれます。
程なく、尾根の裾に墓石が多くある地点に到着します。
…なるほど。ココみたい。なんか尾根伝い、予想以上に高く山が見えるんですけど…。
さてさて。
登山の準備です。
墓地の駐車場らしき場所で降車、身なりを整えながら少し悩みます。
…困りました。登山と言っても、軽いつもりだったので十分な装備がありません。水ほか食料ですね。これは失敗です。
日も暮れかかっています。人里離れた山では、いくら標高が低くても1つ間違えれば回復が困難な大事故に繋がります。
とりあえず、課題と残して登山は日を改めようかな?(遍路記には書いていませんが、課題で残る登山が何ヶ所かあります)。
準備をしていると、スクーターが近くで止まります。
「おや?誰でも止まるような場所じゃないが…?」疑問に思いつつ、エンジン音の先へ視線を遣ります。
あら?さっきの…おばさん?
「あぁ!兄さん、おったー!(阿波弁で『居た!』)良かったー!」ビックリします。
「車で登れる道もあると聞いとるよ。四輪駆動車でないと難しいとも聞いとるけど見てみるで?(阿波弁)バイクで案内するよ!」とのこと。
これは、渡りに船。
一見の価値があるでしょう。
「四駆」が気にはなりますが、少なくとも林道なりで道が付いていると言うことです。最悪、ラクティスで登坂が困難でも、歩いて登る分に…敷居は低いでしょう。
墓地の駐車場から発進して、おばさんのスクーターに最徐行で付いて行きます。
程なく、件の「車での登り口」です。

「おばちゃん?これは、この車じゃったら無理じゃわぁ…。ごめんよぉ。(阿波弁)」
「けど、歩く分には問題ないわ。ありがとう。」
恐縮しながら伝えます。
「車はココに置いとくで?(阿波弁)」おばさん曰く。
「ここから歩いて行くんじゃったらイケるやろ!」応えます。
「ほか誰も登りはしませんわ(笑)」一同。
おばさん曰く「わたしは90才になりますけんどな、今年も阿波踊りへ鐘打ちで行きましたんじゃ!(阿波弁)」
「遍路は歩きで2回、バスで1回行きましたんじゃ。」
「兄さんみたいな、お遍路さんは『お泊まりなせ』じゃけど、これから出発の時に言うことじゃないわね!」
「泰仙寺さんも、昔は…ご住職さんもおったけどなぁ。食べ物とか困るしなぁ。」
続けて話されます、そして遍路話になります。
良く見ると、頭に巻かれている手拭いは「太龍寺」のものです。
「いやいや、お達者で…90才には見えませんわ。わたしは2拝目なんですが…。」
こういう話になると長くなります。
おばさんは「90才」なんて言っていますが…見えないんですよ。
ひょかひょかしよったら(うかうかしてたら…阿波弁)、うちのお袋と変わらんぐらいと思うところ。
「日が暮れる前に…お行きなさいな!杖は持っとるで?」
「気をつけて行きなさいよ!」
長話を気にされてか、文字通り「日が暮れる前」に見送られます。
さて。
見事に見送られてしまいましたので、これは「登らず」にはいられますまい。
装備は「無し」に等しいですが、見たところ寺堂まで735mのようです。標高は200mも無いでしょう。
無問題と言うことで。
時に16時38分。登山を始めます。
登り始めると、車の通った跡…轍(ワダチ)が残る林道を軽快に登ります。
ふと脇道へ、つい先ほど車を駐めていた…共同墓地前の駐車場への道と思われる…寄り道します。
なんだ?近いじゃないですか?
ついでですので、水道の位置を確認しておきます。残念ながら、ペットボトルも水筒も持ち合わせていないので補給はできません。

林道に戻り、軽快に登ります。
傾斜は激しくなったり、穏やかになったり。
時に旧来の道と思われる山道へ分岐したり。たぶん、旧来の道は険しいでしょう。
ただ、気になるのは登山の序盤の頃より、道の全面で砂利、大小さまざまの石で覆われています。
体力の残っている時は問題ありませんが、油断をすると転倒、滑落も考えられます。
登りでは「ジャリッ」と音だけして全然登っていない…などの現象があります。
ふと気がつくと、土木工事された…ユンボで掻いたような痕跡を方々で見かけます。
道幅は十分に広げられていますので、コンクリート若しくはアスファルトで舗装の予定もあったのでしょうか?
途中で見かける「ゴムの間仕切り」「砂利打ち」からするとコンクリート舗装かなぁ。
何かの理由で中断されたのは見受けられます。コストかな?場所的にマニアック過ぎるし…。

傾斜があるところでは、油断をすれば「踏むと滑る」砂利、と言うか石ゴロゴロの登り坂で歩を進めます。
久々のキツい山登りです。傾斜のあるところでは…もう大変です。
分岐点は何ヶ所かあるので、パーっと先を見て「旧来の道」か「未舗装ジャリ道」か選択します。
ただ、山道は何があるか分からない…ドコに出るか分からない道もありますので…太い道が無難かとも思もいつつ。

「どんだけ厳しいよぉ!」と思っていたら、泰仙寺方丈へ到着します。
思わず、手洗水へ走り寄ります。
山水でも引いているかと思えば…蛇口をひねっても水が出ません。
ま、問題ありません。
さて、今現在17時ちょうど。
美波町山河内の第23番奥之院「泰仙寺」です。
20分ぐらいで登ってきましたね。30分から40分と聞いていましたけど、早く到着する分には問題ありません。まだ日は暮れません。
本堂、大師堂の場所は把握しました。また後ほど参ります。
…廃寺となっているので、参拝するところは無いんですけどね。

ちょっと欲が出てきます。
「せっかく『ココ』まで来たから、日の高いうちに山頂も踏んでおこう!」
身を翻し、これまでの参道へ戻ります。
実は…まだ、現在位置より上へ向かって土木工事された痕跡があります。
「これは登れる!」と思います。
若干、疲労は感じますが…さらに登り始めます。
どんどん登ります。
すでに車の通った跡…轍(ワダチ)は無くなり、その残りを山水が流れて深くなったような…不明瞭な轍か何かは見えます。
まだ、この近辺は人の出入りがある!と判断します。
道は2方向に分かれます。
片方は「消え入りそうな山道へ続く」、もう片方は「土木工事の痕跡が見え、ある程度の道幅ある砂利道」です。
とりあえず「消え入りそうな山道へ続く」へ登ってみます。
切り開かれた道は途中まで。
青石が段に積まれています。
これ幸いとばかりに、どんどん登ります。
沢を流れる水音を感じます。
あぁ、自然の中だなと。
…突然に石段が途絶えます。
こう言う時は…視野を遠方に…登るルートがあるハズです。多くの人が歩いている場合ですけどね。
木が伐採されていたり、明らかに段がついていたり。赤のビニールロープが巻かれていたりするようです。
「見えた!」
「乙の字」を描く、典型的な歩道が見えたような気がしました。
レッツゴー。
人が歩くところは苔が生えていない…。難しいところは何か誰か手を入れている…。
少々の急傾斜でも、林の中ですから掴まり登る木々には事欠きません。力強く両腕で体を引っ張り上げます。
そしてキツかった区間の後には、少し広めに草木を苅って「休憩所」を作っているものです。
「あぁ、こりゃ明日は筋肉痛だわ(笑)」と思いつつ、先人の作った「休憩所」を点々としながら登ります。
青石の段の終わりから相当に登っています。
木々の隙間から見える、日の光は近くなっています。
「もうダメ!」
登りも登ったり、すぐソコ近くに尾根と空との境界線が見えるのに、ルートが見えません。
青石の段も、先人の作った休憩所もありません。
これは、行程を断念せざるを得ません。
ちょっと待ってくださいよ?これは降りられないぞ?
時にアクロバティックな登り方もしてきましたが、当然のように「降りること」も計算して登ってきたつもりです。
いや、こりゃ困った。
高い木に登った猫じゃないんだから、無事に降りてこないと末代までの恥。「降りられないのに登った!」みたいな感じでしょうか?
そして、民家のある集落まで数100mの山中で遭難したとあっては…何をしに来たのか分かりません。
ふと、改めて空を見上げると、光と土の境まで数メーター。
とんでもない身体能力でもあれば、2回飛んだら終わりでしょう。
はい。
そのような身体能力はありませんので、おとなしく常人で可能な範囲で降ります。
これまで、気持ちよく登ってきた山でしたが…改めて見ると、とてつもなく恐ろしく感じます。
…降りれない。
慎重に降ります。
見通しで「万が一に滑落したら…アノ木に掴まる」と想定しながら、徐々に歩を戻します。
見るからに最大の難所。「どうやって登ってきた?」みたいな地点を無事クリアー。
滑落します。
これほどの難行になるとは思っていなかったので、順拝の白衣、白のスラックスで来ていましたが…泥々になります。
無事に、加速度が付かないうちに木に掴まり難を逃れます。
おいおい。
一歩間違えたら、文字通り「遍路の白装束=死に装束」になってしまうところでした。
こんなところで死んだら、発見は何時になるか分からないよ。
さらに慎重に降ります。
まだまだ急勾配の下りは続きます。
「あ!青石だ!」
と、思ったところで、ふたたび滑落します。
もっとも、青石が視界に入っただけで、距離感はありません。
激痛で意識が落ちそうになります。
ここで落ちたら、お大師さまの身元に逝ってしまいそうなので踏ん張ります。
世に言う「脳がアドレナリンを放出する」と言うのは、こういう状況を指すのではないでしょうか?
落ち方によっては…足の1本ぐらい逝ったかも?そしたら遍路どころか、救援の期待できないコノ地点では人生まで終わってしまいますねぇ。
何とか体勢を立て直して下山を続けます。
分岐点です。
「本堂、大師堂、方丈への道を戻る」
「さらに土木工事されている山頂方向へ目指す」
アドレナリンが出っぱなしの馬鹿は、後者を選択しました。
大きな痛みも感じずガンガン登ります。むしろ、ここまで痛い目を見たら「山頂も見ないと気が済まない」と脳内でアドレナリンが囁くようです。
急な傾斜、油断すれば…滑るばかりで登れない砂利道。
山頂へ向かっての楽観もありながら、慎重に休み休み登山を続けます。
体力の消耗も見え始めます。いや何の。まだ1時間も行動していません。
傾斜が穏やかになり、水平に近くなったと感じた頃。
ふと、路肩から下方を覗き込んでみます。先ほど、落ちるはコケるは大ごとになった地点らしき所が見えます。
最初から、こちらの道を選択していれば無用な苦労はしなかったのに…。
乙字を描いて稜線を登る山道で、何度目の折り返しをしたことでしょう。
山頂と思われる…木々と空との境目は手が届くかのような…近いところに見えるようです。
あいかわらず、平坦になったり急になったりの山道は続きます。
しばし、なだらかな山道が続いたところ…。

「あ!?行き止まりだ!」
これまで土木工事の痕跡が見られた山道は、ぱったりと終わりを告げます。
行き止まりの先には、ご丁寧に木の丸太を転がしてあります。
終点付近から、さらに山頂方向を覗き込んでみます。
悪あがきですね。
登り方向へ見える獣道のような…傾斜のキツい山道が薄く見えます。
山道は人が通らないと、すぐに薄くなってしまうので…素人にはお勧めできない状況になってしまいます。
また、滑落、転倒の恐怖がよみがえります。
今度こそ、この場所において「登山は断念」です。
時に17時44分。時には撤退の勇気も必要です。日も暮れかかっていて、時間の経過で状況は悪くなります。危険です。
正直なところ、内心「うわぁ…やっちゃったよ?」的な敗北感でいっぱいです。
小石で滑りやすい足下に注意して慎重に下り始めます。
油断をしたり、バランスを崩すと「ズザッ」と滑り落ちます。
コケます。
見事に足を滑らせ尻餅をつきます。
これまで、滑落、転倒でも…体の大事な部分、カメラを守りながらコケてきたものでしたが、今回は変な手の突き方をしたようで…手のひらへ出血の赤い色が伸びます。ついでに泥だらけ。
左手の人差し指に小さな切り傷が…。
水筒でも持っていれば、せめて傷口だけでも洗い流せたのですが…持っていません。
目に付いた「大きな葉っぱ」に溜まっている露で、傷口の泥を流してみます。完全にキレイにはなりませんが…気は心。
途中、何度か危うい場面もありましたが、何とか泰仙寺さんの本堂、大師堂、方丈まで戻ってきます。
時に17時55分。かなり消耗しましたが、余計なことをしなければ10分ほどの行程だったようです。1時間ほど空費しましたね。
水道が止まっていることは先に確認していましたが、とりあえず手洗鉢の溜まり水で泥だらけの手を洗います。溜まり水なのでキレイではないでしょうが、泥だらけよりマシでしょう。

もう半分ヤケクソで「到着確認撮影」です。
日も落ちかけているので大変に苦労しますが、このような姿でも残しておかないと…心が残ってしまいそうです。
大師堂へ向かいます。
そう言えば、ふもとで…おばさんが「生きながら仏さんになる『行』を行っていた場所です。穴蔵にこもって読経、鐘打ちを続け…鐘の音が止まった時が『行』の終わり。」のような話をされていました。
大師堂の近くと思われますが…。
石で作られた仏像が多く並んでいるので、たぶん間違いないでしょう。

もう散策も十二分より余るので、速やかに下山を始めます。
例によって、油断をすれば「ズルッ」と滑り落ちそうな、小石だらけの山道を下ります。
またもやコケます。
すでに周囲も薄暗く、体力の消耗も合わせて不安感がつのります。
「あとは下りるだけ。ほかに難所はない!」と自分に言い聞かせて、慎重に歩を進めます。
傾斜が穏やかになった頃、見覚えのある分岐点です。
登山始めの時点で点検しておいた「共同墓地」へ向かう脇道です。
水道をお借りするため、とりあえず向かいます。
尾根の先端に近い墓地を通り過ぎ、平坦な道を進みます。石段を下ると確か…墓地でお馴染みの「バケツがあったり、柄杓があったり、水道があったり」の一角です。
ちょっと失礼して、水道をお借りします。
「どうぞ水が出ますように!」蛇口をひねると、当然のように水が出始めます。
水道をこれほど「ありがたい」と思ったのは何年ぶりでしょうか?文明の中で生き、「あたりまえ」と思っていた感覚の麻痺を痛感します。
可能な範囲で、肌が露出した部分の泥を流させていただきます。ついでに顔も洗わせていただきます。もう汗だくになっていますので…。
時に18時22分。下山完了です。もう日は暮れています。
約2時間の行程だったようです。山頂を目指すなど…余計なことをせず、泰仙寺さんまでの往復でしたら1時間ほどでしょう。
ひとしきり後、懐かしいアスファルトの道路へ向かうため石段を下ります。
ふと、スクーターのエンジン音が聞こえます。
あら?
見送っていただいた…おばさんです。
「お接待させていただこうと思って、下りてきそうな時間に待っておった」
「下りてこないので心配したよ。もしかしたら大師堂で休んでいるのかとも思ったけども…」
ひどく心配をかけてしまったようです。
雰囲気からすると、ややもすれば消防とか警察に連絡してしまいそうな勢いです。
「いえ、何も休める準備もしてなくて…山頂を目指しましたがダメでした…」申し訳なく。お答えします。
「…無茶をしなさんな!行けるか!」怒られるでなく、諭されます。
「わたしも、昔はこの山は何回も登ったけど、コケては若いし(若い衆、若者)に起こされて行き来したもんじゃけどなぁ。まぁ無事で良かった!」
よほど、ご心配をおかけしてしまったようです。
「はい。お接待です!今、買ってきたところじゃけど早めに食べなさいね。」スクーター前カゴの鞄の中から次から次へ。
晩ご飯が一席できるほど…たくさん食べ物をいただきます。
「あ!そうだ!…」おばさん、鞄の中をガサゴソと探しています。おもむろに野口英世さんが1枚…。
「どうぞ」と手渡されます。
大変に恐縮です。
「お接待を断るのは失礼にあたる」と言われますが、わたしも恐縮するほどのお接待です。
お接待の話では「(お接待を提供する側から)自分が行けない分をよろしくお願いします。」「お遍路さんに渡しているのではなくて、最後にはお大師さまのところに届きます。」と良く聞きます。
それにしても大変なお接待でした。
しばし遍路話です。
「遍路は歩きで2回、バスで1回行きましたんじゃ。」
「登る前に話していた『生き仏さん』の場所は分かったで?(阿波弁)」
「お遍路さんは縁があって、よく道を教えてあげることがある!」とのこと。
この傾向は長話になるのですが、ひとまず安心してもらえて良かったところ。話題はほうぼうへ展開します。
たぶん、泰仙寺さんへの登山、下山の所要時間は1時間とご存じと思われるので、もしかすると小1時間ほど待たせてしまった可能性があります。
長らく登山口で待たせた上に、お騒がせして…ごめんなさい。

お接待、そして…ご心配をおかけして長らくお待たせしてしまったことへ…お礼とお詫びを申し上げてお別れします。
スクーターで軽快に帰られる、おばさんを見送ります。
ちょっと、目から汗が出そうになります。
時に18時34分。帰路につきます。
どっぷり日は暮れています。
正直なところ、自身で車を運転して帰宅する自信がありません。近くで一泊したいところ。
でも、明日から仕事。日常に復帰しなくてはイケません。
気合いと根性、ハンドルを握ると気が引き締まります。
時に18時48分。道の駅「日和佐」へ到着です。15分ほどの走行です。
兎に角、休憩します。道の駅で、これほど「ありがたい」と思ったことが何度あったでしょうか。それほど消耗激しく。
喉が渇いた…。足が痛い…。そう言えばタバコ吸ってない。
なんだかんだ。
スポーツ飲料系をガブ飲みして、安静にしていると…余裕が出てきます。
クールダウンも兼ねて道の駅をウロウロしていると、「高速バス」の乗り場があることに気がつきます。
…それぐらい余裕が出てきたと言うことで。

気を持ち直したところで、元来たルートを自宅へ向かって快走します。
国道55号線から、県道24号線を経由。
再び、国道55号線へ戻り国道55号線バイパスへ。
徳島県南への相互ルートで多用されるのではないでしょうか?
20時02分。無事に帰宅です。
お腹空きました。足痛いです。
取り急ぎ、白衣、スラックスが泥々なので…即座に洗濯機へ。
夕食は、お接待でいただいたので賄えそうです。
そう言えば、バナナもいただいていました。洗濯など帰宅後の後始末の合間に食べるのに丁度よいです。
もう気を抜いても良さそうです。
さて、今回の遍路は…。
3ヶ寺順拝のうちで、先の2ヶ寺は何も問題なく、良好であったかと思われます。
最後の、泰仙寺さんへは大変な「大ごと」だと認識しています。無謀、無茶にも程があります。
おばさんにも大変な心配をかけてしまいました。
リサーチ不足は今に始まったことではありませんが、「難しい」と思った時の進退は潔く「撤収」とするべきでありました。
単身で登山する以上、ましてや十分な情報が無い状況で「欲をかいて頂上を目指す」ことは余計なこと。愚行でありました。
知らない山は「軽登山」「ピクニック」のような調子ではイケないと言うことです。
危うい場面もありましたが…無事に下山できたことは幸運です。
一歩、間違えれば、さんざん地元の消防、警察を騒がせたあげくに、お大師さまの身元へ旅立っていたかも知れません。ややもすると、お大師さまに呆れられて煉獄の渦に蹴り落とされたかも知れません。
この5月の「最後まで残った空海の道ウォーク」では、確定したルートの上に、スタッフの方々の手厚い保護があったので、少々の無茶も許され、失敗をしても何とかリカバリできました。
言えば「ヘタレがいた笑い話」で完結することができました。
しかし、単身の登山で「情報を持ってない山」「装備不十分」「思いつき」では、いかに小さい山でも危険だと痛感するところです。
文字通り「洒落にならない」状況も想定されます。
大きく課題と反省を残します。
怖いことを書き連ねてしまいましたが、今現在では…指の傷も変なことにならず完治へ向かっています。筋肉痛は治まりました。
ご安心ください。
さて、次回はどこに向いて行こうかな。
…ちょっとトラウマになっていたりして。
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